本報告書は、日本におけるスマートフォン通信費の構成、特に利用されていないサブスクリプションサービスやアプリケーションへの不要な支出について、その割合、背景、影響、そして対策を包括的に分析することを目的としています。近年、デジタルサービスの普及に伴い、サブスクリプション(定額制)モデルが急速に拡大しており、個人の家計における通信費の構成が複雑化している現状を深く掘り下げます。
日本のサブスクリプション市場は近年、目覚ましい成長を遂げています。株式会社矢野経済研究所が2023年に開示した調査によると、2022年の日本国内B2Cサブスクサービス市場規模は約8,965億円に達し、前年(2021年)の7,875億円と比較して13.8%の増加を示しています。この数値は、市場が年々活発化し、今後もさらなる拡大が期待されることを明確に示しています 。
この市場成長の背景には複数の要因が存在します。特に、2020年に始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる外出自粛が挙げられます。これにより、実店舗での買い物を避ける傾向が強まり、自宅で過ごす時間が増加しました。その結果、食品の定期配送サービスやストリーミングサービスによるコンテンツ配信など、利便性の高い室内型サービスが多岐にわたって普及し、サブスクリプション市場の拡大に繋がったと考えられます 。
さらに、コロナ禍を経て人々の意識や価値観に変化が生じたことも、今日のサブスク市場拡大の重要な理由の一つです。多くの人々が「モノの豊かさ」よりも「心の豊かさ」を重視する傾向を強めています。この変化は、電子書籍やスポーツジムのように、定額料金を支払うことで商品やサービスを継続的に利用できるサブスクリプションが、合理的な生活手段として受け入れられる土壌を形成しました。事業者が「体験を提供する」役割を担うことで、「モノを増やさず、より良い生活を送りたい」という体験重視のニーズに応えている点が、市場成長の根底にあると言えます 。
J.D. パワー ジャパンが2023年12月に発表したサブスクに関するアンケート調査結果では、事前に同社がピックアップしたサブスクサービスのうち、1つ以上を知っていた人の割合は86%に達し、特に年齢が低い世代ほど認知率が高いことが明らかになっています 。各分野ごとの認知度では、動画配信が最も高く、続いて音楽配信や電子書籍が上位にランクインしており、「サブスクサービス=ストリーミング」と考える人も少なくないようです 。
このような市場の拡大と消費者の価値観の変化は、一方で「無自覚な支出」の温床となり得る側面も持ち合わせています。サブスクリプションは手軽に契約できる反面、一度契約するとその存在自体を忘れ去ったり、利用頻度が低下しても解約の手間を惜しんだりする傾向が見られます。特に、体験型サービスは個人の気分やライフスタイルに左右されやすく、利用しなくなるとその存在自体が忘れられやすい特性を持つため、無駄な支払いが継続されるリスクが高まります。
また、若年層におけるサブスクリプションの認知度および利用率の高さは、彼らが将来的に多くのサブスクリプションを抱える可能性を示唆しています 。特に、大学生の54%が「自腹ならサブスク不要」と回答している事実は 、現在家族が支払っている間は利用を続けるものの、自費になった途端に「無駄」と認識する潜在的なサービスが既に存在することを示唆しています。この世代が経済的に自立し、自らサブスクリプション費用を負担するようになるにつれて、この潜在的な無駄が顕在化し、全体的な「幽霊サブスク」の割合を押し上げ、社会的な課題としてより顕著になる可能性を秘めています。
日本のスマートフォン利用者の月額利用料金は、端末代金の分割支払い分を含まない実際の支払総額で、平均4,363円となっています(株式会社MM総研の2024年7月調査) 。この金額は、前回調査から微減しているものの、契約形態によって大きな差が見られます。例えば、MNO(大手移動体通信事業者)4ブランドのスマートフォン利用者の月額利用料金は5,043円である一方、サブブランド利用者は3,277円、MVNO(仮想移動体通信事業者)利用者は1,993円と、格安SIMの普及により料金を抑えるユーザーが増えていることが示されています 。これらの料金は主に通話料とデータ通信料で構成されますが、実際の「デジタル通信費」はこれだけにとどまりません。
スマートフォンの通信費の内訳は、基本料金やデータ通信料だけでなく、映像・音楽配信サービス、アプリ会員料、ゲームアプリ課金などのサブスクリプションサービスが大きな割合を占めることが一般的です 。例えば、ある試算では、スマホ契約代(月額4,000円+保険料など500円+その他500円=5,000円)に加えて、プロバイダー料金5,000円、映像配信サービス1,000円×2=2,000円、音楽配信サービス1,000円、アプリ会員料1,000円、ゲームアプリ課金3,000円などが加わり、合計で月額約1万7,000円になることも示されています 。
この例が示すように、基本的な通信費(平均4,363円)を大きく上回る額が、サブスクリプションサービスによって発生しています。家計におけるデジタル通信費は、手取り月収の5%までが目安とされており 、手取り25万円の場合の目安は12,500円です。上記の例では、この目安を大きく超える可能性があり、家計を圧迫する要因となり得ます。
平均的なスマートフォンの月額料金と、サブスクリプションサービスを含めたデジタル通信費の典型的な総額との間には顕著な乖離があります。この大きな差額の大部分をサブスクリプションサービスが占める構図は、消費者が「スマホの通信費」として認識している金額が、実は「デジタルサービス利用料」の総額の一部に過ぎないことを示唆しています。個々のサブスク料金が少額であるため、全体の中での存在感が見過ごされやすく、これにより不要な支出が蓄積されやすいという隠れたパターンが存在します。
家計におけるデジタル通信費の目安として手取り月収の5%という具体的な基準が提示されていることは、サブスクリプションを含むこれらの費用が家計に与える影響の大きさを明確に示しています 。もしサブスクリプションが適切に管理されず、無駄な支払いが積み重なれば、それは単なる「小銭の無駄」ではなく、家計を圧迫し、他の必要な支出(食費、住居費など)を犠牲にする原因となり得ます。このことは、サブスクリプションの無駄が個人の経済的健全性に直接影響を与える重要な課題であることを示唆しています。
以下に、日本におけるスマートフォン関連月額支出の典型例を示します。
項目 | 月額目安金額(円) | 備考 |
---|---|---|
スマートフォン基本料金+データ通信料 | 4,363 (平均) | キャリアやプラン、データ使用量により変動。格安SIM利用で大幅削減可能 |
プロバイダー料金 | 5,000 (例) | インターネット接続サービス |
映像配信サービス | 1,000〜2,000 (複数契約の場合) | Netflix, Amazon Prime Videoなど。複数契約が一般的 |
音楽配信サービス | 1,000 | Spotify, Apple Musicなど |
アプリ会員料 | 1,000 | 特定アプリのプレミアム機能など |
ゲームアプリ課金 | 3,000 | 月額制のゲームパスやアイテム購入など |
その他サブスクリプション | 数百円〜数千円 | 電子書籍、フィットネス、クラウドストレージなど多岐にわたる |
合計 | 約4,363円〜17,000円以上 | 基本通信費とサブスクリプションの合計額。個々の利用状況により大きく変動 |
注:上記の金額は一例であり、個人の契約内容や利用状況によって大きく異なります。